おっとっと冬だぜ

広義の意味で日記と言えるが 狭義的にはゴミ置き場

謎のマイルールで正しい解答にバツをつける教師について

その昔は多くの人が理不尽だと感じていても なかなかその気持ちが表に出てこなかったものが、インターネットの発達により個の発信力が高まったために、今まで封殺されていた「納得いかない気持ち」が表に出てくるケースがままあります。
そんな中で、定期的に世の中に問題提起されるのが、学校のテストで習っていない方法で正解を導き出して、バツにされるケースに対する親からの問題提起というものがあります。

実は、私もこの理不尽なバツをくらったことがありまして、今日は体験者としてそのときのことを書いていきたいと思います。


一般的に、この「習っていない解答方法でバツ問題」が見受けられるのは、小学生の算数のテストで多いように思うのですが、私は高校2年の国語のテストで理不尽な目にあいました。割といい年齢lっ!
今では教師の名前はすっかり忘れているのに(妙齢の女性だったことは覚えている)、たかだかテストで1問バツにされたことだけは今でもはっきりと覚えているのです。


私が理不尽な思いをしたのは、漢字の書き取り問題で、膨れ上がるという意味の「ぼうちょう」を漢字で書かせるという問題での出来事でした。

「百合子は唇を奪われたその刹那、身体に甘美な痺れが走り、自身の意識とは無関係に吐息が漏れ、秘部では過敏な蕾が 膨脹 し、花芯から蜜が滴り落ちていく様子がはっきりと感じ取れた」

みたいなときに使う「膨脹」ですね。
あっ、ちなみにこの例文はテストの例文とは全く関係ないです。一般的に膨脹を使用する例を挙げただけですので、あしからず。


私は答案用紙に「膨 」と書いたんですね。
私の中で膨脹するものと言えば股間なので、両方とも「にくづき」という覚え方をしていたわけです。こちとら思春期の真っ最中ですから、そんな漢字だけには強いのです。
(今でも「嫐(うわなり)」「乳嘴(にゅうし)」「凌辱(りょうじょく)」とか そんな漢字だけはすぐに出てくる)


そして、数日後テストが返却されたときに、私のテストの答案用紙に書かれた「膨脹」には大きなバツがされていたのです。返却後すぐに実施された答え合わせで、国語の教師から「ぼうちょう」は「膨 」が正しいと言われました。
私は両方とも「にくづき」と覚えていたので、おかしいなと思ってすぐに電子辞書で調べたのですが、辞書を見る限り「膨脹」でも「膨張」でもどっちでも良さそうだったんですね。


そんなわけで、授業が終わってから私は「膨脹」でも正しいのではないかと確認をしに
行ったのですが、そのときの教師の回答が「授業で教えたのは膨 なので、テストでも膨張と書くのが正解である」というものでした。つまり、教えた通りに書けと。


私はその教師の言い分に納得ができなかったので、「しかし、正しい解答をしてバツをもらうのは自分としては納得できない」と言ったところ、教師からは「そんなことを言って、実際はあなたがテストで点を欲しいだけでしょ」と頓珍漢なたしなめ方をされたため、こいつとは話しができないと思ってそれ以上の議論を諦めたのでした。


「先生は作者の気持ちは考えられても、生徒の気持ちは考えられないんですね」という嫌味が喉まで出かかりましたが、たかだかテストの2点で教師の心象を悪くするなら、ここで自分が折れた方が得策だと思い、それ以上何も言うことはしなかったのです。


この件、今改めて振り返ってみると、恐らく、私とその教師の間では、テストとは現段階の学力レベルを確認するするためのチェック機能であるという部分は、お互いに共通の認識であったと思います。
しかし、そこで言う「学力」を「世間一般で通用する普遍性のある知識」として考えている自分と、「教育要綱で定められた内容で自身が授業内で教えたもの」と考えている教師では、そもそもの出発点が違うので、どんなに議論しても納得する回答はもらえなかったと思います。
そういう意味では、私の取った引くという行動は正解だったと思います。


また、大人になって考えれば、学校のテストにおいては学力機会の平等性を担保させるために、テストは授業で習ったことで回答させるべきという先生の言い分も一定の理解はできます。
つまり、授業で教わった内容で回答させることで、学校外でも学べる生徒と学校でしか学べない生徒の差を失くすという考え方ですね。


ただし、私はあの国語教師は、やっぱり許せないのです。
教師側は教師の正論を一方的に押し付けて終わりですけど、生徒の方は、点数の件も、テストにおける考え方も全部譲歩させられた挙句、いつまでも嫌な記憶として残るので、自分を納得させるために大人になってからも教師側の主張まで調べて(それでも納得はできないんですけど)、いつまでもこっちばかりが歩み寄らないといけないのはフェアじゃないだろと。
教師に「本来は正しい解答に仕方なくバツをつけている」という気持ちが少しでもあれば、あのときの国語の教師の対応はもう少し違ったはずですし、そういう気持ちは生徒にも伝わると思うんですね。
教師の人には「俺(私)がルールブックだ」で終わらせるのではなく、そのあとのフォローもしっかりしてあげて欲しいなと、そんなふうに思うのです。


・・・と、体験者ならではの主張と見せかけて、体よく20年も前の愚痴を吐き出したわけですが、教師にグダグダ言う前に、そんな大昔のことを今更持ち出してあわよくば世間の共感を得て溜飲を下げようとする自分のクソみたいな性格の方をまずどうにかしろよって話なんですけどね。
こういう奴を相手にしなきゃいけないから、教師って大変なんですよねー。

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