おっとっと冬だぜ

広義の意味では日記だが、狭義的にはゴミ置き場

近況報告(ただし、ここまで酷い近況報告は見たことがない)

最近、ブログを書くスイッチが完全にオフになってしまって、たまにブログを書く時間が確保できて、いざ書こうと思っても全く何も出てこないんです。



前はブログを書かないと、脳ミソに直接喋りかけてくる「ブログ書いた方がいいんじゃないですか」おじさんが、ブログを書くように催促してくれていたんですけど、そのおっさんも近頃はめっきり出てこなくなりましてね。



まぁ、ぶっちゃけあのおっさんの正体は分かってたんですよ。
ブログ書かないといけないという強迫観念と、耳の後ろから漂う加齢臭が織りなす絶妙なハモーニーによって、背後におっさんがいると脳ミソが錯覚していただけなんです。


最近おっさんがいなくなったのは、塔矢名人とおっさんとの対局を私にすぐそばで見せるという役目を果たし終えたから・・・ではなく、単に涼しくなって加齢臭が収まったからなんです。
今、この文章をタイピングしながら、「おっさんは自分の文章の中にいた・・・」とか言いながら泣いたりはしていないので、あしからず。


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※おっさん探しの旅にも出てません




昨日もブログ書こうと思ったんですけど、10分考えても何も出てこないんで、あーこれはもう「無の境地」、仏陀が言うところの「悟りの境地」に到達したんじゃないかと思いまして、それを確かめるために試しにパコパコ女子大学のサンプル動画を見てみたんですけどね。


そしたら、さっきまで悟っていたはずの陰部の阿弥陀如来像が、まぁ、見事に阿修羅如来に変化しましてね。
悟りでも何でもなくて、単なる絶賛ネタ切れ中っていう話なわけですけどね。


こんなくだらない文章書かないと、文字数埋められないくらいなので、今がいかに酷い状況かは分かってもらえるかと思うんですけど。
(ん?前からこんな感じだった?)





リハビリのために、簡潔な内容を書く用のサブブログでも始めようかなぁ・・・。

 

 

 

 





・・・この男、歴史から何も学んでいない!!

 


 

サブブログと言えば

そういえば、サブブログと言えば、この前、目下人気急上昇中のみどみどえっくすのミドリさん(id:midomidox)とツイッターのDMをやり取りする機会があってですね。

(全国2千万人のミドリファン、羨ましいだろう!)


そのとき、サブブログを閉鎖してしまった影響で行き場を失ったパイパン嫌いの話の続編を、こともあろうにDMの返信で披露するという愚行? 奇行? 間を取って 嫌がらせ?を実行しましてね。



「反社会勢力の象徴としてタトゥーを批判する論調があるなら、遊郭で働く遊女の象徴とされたパイパンも本来は倦厭されてもいいはずで、タトゥーの場合は外国の文化だからと擁護の声があっても自国の風土論を持ち出して批判されるのに対し、かたやパイパンは海外では当たり前にやってるからという意見に自国の風土論を持ち出さないのは甚だおかしな現象である。本来、パイパンはタトゥーと同じくらい批判的な風潮が強くなってしかるべきである」


みたいな部分は長くなるんでカットしたんですけど、それでもかなりの長文を送りつけたんですね。

(上記の文章は、元風俗嬢の方に送るのには適さないという判断をしたために削除したんですけど、なぜその冷静な判断が文章全体に対して及ばなかったのかは、いまもって謎のままです)



そしたら、そのDMを送りつけたその日から、それまで活発に更新していたミドリさんのブログやツイッターがパタリと止みましてね。そして、嫌がらせDMへの返信もないわけですよ。



5日くらいネット上に全く姿を見せなかったので、

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あー、これは裁判の準備始めたっぽいから、和解金を何とかして捻出しないとダメだな・・・

と思って、エクセル立ち上げて お金借りられそうな親戚リストの一覧表を作り始めた矢先に、みどみどえっくすの更新が再開されたんですね。

 

結果、単なる体調不良だったようです。

(相変わらず軽快な語り口で、言ってることが上品なのか下品なのか脳ミソの判断処理が追いつかなくなる文章を書いてきますよね。また、心に響く文章で攻めてきたかと思うと、一転、下半身を攻めてきたりしますし、彼女の文章は、まるで巨人・菅野の投球術を見ているかのようですよね)


ただ、体調不良と言っていても、嫌がらせDMによる心労が原因の体調不良、からの慰謝料請求のコンボもあると思って、この段階ではまだ身構えていたんですけど、無事にDMの方にも返信がありまして、とりあえず怒られなかったですし、慰謝料請求も無さそうな気配だったのでホッとした次第です。




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良い子のブロガーのみんなは、いくら相手がブロガーだからと言って、急に気持ちの悪い文章を送りつけるようなことはしないようにね!
最悪、迷惑行為防止条例違反になるよ!

 




ということで、ミドリさん本当にごめんなさい。



そして、こういうのこそ本来サブブログに書くべき内容だったなと。
本当に惜しいブログを亡くしてしまったと思います。
読者登録数2人だけだったけど・・・。


近況報告は以上です。

【ブログの葬式】とあるブログが逝去しました・・・。

この世では、今この瞬間も幾多の生命が誕生し、幾多の生命が終わりを迎えている・・・。



それはブログも同じであります。


今、この瞬間にも新しいブログが誕生し、

今、この瞬間にも閉鎖されるブログがあるのです。

 

 

とあるブログの逝去

本日、ひとつのブログがその短い生涯に終わりを告げました。
そのブログは「なんとなく臭い」という名前で、私のサブブログとなります。


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本日は故人(故ブログ?)の在りし日の足跡を振り返ることで、二度と会うことができない、また二度と思い出すこともないであろう「なんとなく臭い」を偲び、そして弔いたいと思います。




故「なんとなく臭い」は平成最後の夏である平成30年8月24日に産声をあげました。
わざわざサブブログを立ち上げた理由は、メインブログで書くほどではないが、ツイッターの147文字では収まりきれない内容で書きたいことがたくさんありそうだったためでした。


尚、後に私はこのときの考えが単なる思い過ごしであったことを痛感致します。



初めての記事では、サブブログを立ち上げた理由を記し、最後に「1ヶ月続けば私の勝ちです」という誰と勝負しているのか全くわからない謎の宣言をしていました。


1ヶ月は続きましたが、2ヶ月持ちませんでしたね。



2記事目では、メインブログである「おっとっと冬だぜ」のブログ名がEE JUMPの曲名とは多少違っていることに対して(思いっきり間違っていることに対して)、ちゃんと気付いていますよ というアピールをしていました。
相変わらず誰に向けてアピールしているのかよく分かりませんが、この頃はまだ書くことがたくさんあるだろうという希望に胸を膨らませている時期でした。



3記事目では、コンビニエンスストア(特にセブンイレブン)の過去のアルバイト経験から、発注業務におけるマーケティングの考えを、本社主導でアルバイトに教える場を作ることで、他業種とアルバイト雇用戦略の差別化を図ってはどうかという提言をしていました。
サブブログでは、こういった真面目な内容のものや仕事論的なものも書いていこうと考えていましたが、その後、2度と真面目な内容を書くことはありませんでした・・・。



そのあと4~7記事目までは、ヘンな画像をひたすら投稿していました。

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AmazonNASが全員同じ顔に見えるとか、



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半分青くしてみたりとか、



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生身の人間かどうかのテストも兼ねた告白を考えたり、


この時期は、とにかくお手軽なやつでお茶を濁していました。
尚、途中の5記事目はメインブログの更新報告でしたが、そもそも1日に2~3PVしかないサブブログでメインブログへ誘導する意味がわかりません。案の定、二度と更新報告はしませんでした。



8記事目には、数年前に亡くなった昔のハガキ職人仲間が生前に書いていた「はてなダイアリー」がいまだに残っているのですが、来春のサービス終了でそれが消えてしまうことに関して、やたらエモい感じで綴っていました。
(最初から最後まで感傷的な文章にすることで「はてなのサービス関連の記事を書けば、そこそこ閲覧されるはず」という打算的な思惑で書いた文章というのは見事に隠せていたかと思います)


しかし、はてなダイアリーより先にこっちの方が消えるとは・・・・。



9記事目以降は・・・、もうテキトーです。
(書くの面倒くさくなってる!)

特に10記事目は酷く「犬を飼ったことがある人とない人で犬の接し方に違いが生じるのと同じロジックが、男性のキャバクラ嬢との距離感にも当てはまる」みたいな内容を1000文字くらい書いてるんですけど、途中で理論が破綻していることに気付いて、最後の一文を「やっぱり今日の全部無しで!」と、読んでる人間をバカにしているとしか思えない強引な終わらせ方をしていまいた。(幼稚園児が絵を上手く描けず、グチャグチャに塗り潰すのとほぼ一緒)


そして、最後の14記事目は「パイパンが嫌い」という本当にどうしようもない内容でした。さすがにパイパン嫌いを全世界に向けて力説し出したらもう終わりですよね。ブログの断末魔です。






そんなわけで、「なんとなく臭い」は天国に旅立ちました。合掌・・・。

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これ書くために、無理やり閉鎖したんですけどね!

子供がいて本当に良かったと思えた体験談【父親になることのメリットとは】

子供を育てるということは、経済的な負担を強いられるだけでなく、自分の自由になる時間を大きく削られるというデメリットがあり、そのために敢えて子供を授からない選択肢を選ぶ夫婦もいるようである。
私はそういった夫婦の考え方を否定するつもりはないし、否定する権利もないと思っている。だが、他方で経済観念的な視点で見た場合、人口減少が続くと現在の日本の社会システムの維持が難しくなり、社会的便益が減少することが予想されるため、子供を授からないという考え方が主流になるのは困ると感じているのもまた事実である。



そんな中で、先日、子供がいたことで非常に大きなメリットを享受できた出来事があったので、今回はその体験談をここに記すことで、現在、子供がいない方(特に男性)にひとつの判断材料を提供したいと思う。
そして、あわよくば子供を授かるかどうか迷いっている人が、この記事を読むことで将来子供を授かりたいという気持ちに傾いてもらえれば、これ幸いである。
(逆にもう子供を授からないと決めていて、子供がいた方がいいという言説に極度に拒否反応を示す方は、この先の文面は読まない方がよい)





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ゴミクズのような父親とその息子の間に起きた奇跡の物語とは・・・。




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奇跡体験、アンビリバボー。




先日、5歳になる長男とコンビニに行った帰り道、近所の公立高校が文化祭を開催していた。
手作りののぼりや手作りのアーチに彩られた華やかな学校の雰囲気に、息子も何かいつもと違う空気感を感じ取ったようである。


少し先を歩いていた息子は校門の前で足を止め、私にお祭りなのかと聞いてきた。
私が、高校生のお祭りであることを告げた次の瞬間に、息子はやや食い気味で「行きたい!」と自己の要求を突きつけてきたのである。






学舎(まなびや)の中に足を踏み入れ、女子高生たちがたわむれている輪の中に入り込む…。





しかも合法的に……。







入りたい………。

息子と同じくらい私も中に入りたい、いや、息子以上に私の方が入りたい気持ちが強いはずである。



ただ、30代半ばのおっさん(もう少し詳しく書くと、ネット上に卑猥な文書を撒き散らすことを趣味にしている30代半ばのおっさん)が、いくら文化祭とは言え、縁もゆかりもない高校の校舎内に立ち入ることは社会通念上で大きな問題があることは想像に難くない。


そのあたりの大人の事情を、どう息子に伝えるべきかと逡巡していたそのとき、奇跡が起きたのである。
校門の前に立っていた生徒会の腕章をした女子高生が、あろうことか「どうぞ、一般の方も入れますよ」と招き入れたのである。


校門の前で怪しげに立っている30代半ばのおっさん(もう少し詳しく書くと、決して毛深くないが、乳輪にはおびただしい毛が生えているという身体的特徴を持つ気持ち悪い30代半ばのおっさん)に対して、女子高生自らが高校の校舎内に招き入れたのである。


一瞬、私の陰茎のサイズと、亀頭を優しく包み込む包皮の様子から女子高生は私をおっさんではなく中学生と判断したのかと思ったが、よくよく考えると私はその日に限ってはしっかりと服を着ていたので、女子高生に邪眼の力でもない限り、それは有り得ない。彼女は、私を30代半ばのおっさんとして認識しているはずである。


改めて女子高生を見てみると、その目線は私ではなく私の息子に向けられていた。
この流れでこう書くと大変紛らわしいので、念のため書いておくと、ここで言う息子とはチンポの隠語としての息子ではなく、民法上で定められた1親等直系卑属の男子としての息子であり、文化祭に行きたいアピールを必死にする私の子供のことである。



そう。息子がいたおかげで私は「不審者のおっさん」から「優しそうなお父さん」へと変貌を遂げたのである。そして、堂々と校舎内に入ることが許されたのである。

初代バイオハザードで途中で六角レンチ(六角クランク)を拾わないと先に進めないステージがあるように、30歳過ぎたおっさんが高校の文化祭というボーナスステージに突入するためには人生の途中で子供をゲットしておく必要があったのである。




中での様子を詳細に書いていくとあと3000文字ほど必要になるため、今回は大幅に省略するが、一言で言ってまさに 至福の一時 であった。周りを見れば、女子高生、女子高生、女子高生という正に女子高生の曼荼羅というべき神秘な宇宙空間に30代半ばのおっさんという邪教徒が紛れ込んでいながら、誰一人として私に不審な眼差しを向ける者がいないのである。


縁日、フロート屋さんを出店していた2クラスにお邪魔させてもらったが、本来であれば女子高生から汚物を見るような視線を向けられてもいいはずが、いずれのクラスでも女子高生からは近所の子連れのお父さんとして対応してもらえたのである。こちらは目をハートマークにして、半勃起しているにも関わらずだ。
ドラクエ6でゴスペルリングを装備しているとモンスターが襲ってこないが如く、息子という装備品によって、30代半ばのおっさんが高校内を自由に闊歩できたのである。





子供を育てることは確かに大変な苦労を伴う。

しかし、子供がいるから大変な思いをすることがある一方で、子供がいるからこそできる体験というものがある。

「不審者扱いされずに高校の文化祭に参加できる」

例えば、こんな奇跡を起こしてくれるのだから、やはり私は子供がいて良かったと心底思う。





文化祭からの帰り道、また私の前をさっさと歩く元気な息子の背中に向けて、私は

「生まれてきてくれて有難う」

そう呟いていた。