おっとっと冬だぜ

広義の意味では日記だが、狭義的にはゴミ置き場

小学生時代の男らしさ

前回小学生時代の話を書いたが、その記事を公開した後に急に思い出した小学生時代の別の話があったので、今回はその話をつらつらと書いていきたい。




あなたは「男らしさとは何か?」と問われたら、何と答えるであろうか。
家族を養える経済的な安定力? 女性に安心化を与えられる包容力? もしくは胸毛?
まぁ、その答えは人によって千差万別であろう。


大人になった今、男としての市場価値を決める要素は無数にあり、誰にでも男らしいと思わせるのは非常に難しいと思うが、小学生時代、少なくとも私の学年内では、男らしさを決める要素はただ1点のみであり、男らしさはシンプルに定義することが可能であった。

そのシンプルさは、例えたらミニマリストの囚人が収監されている独居房くらいにシンプルである。


当時、我々が男の価値を決めるものとして唯一これだと考えていたもの、それは「学校で泣いたことがあるかどうか」という1点だけであった。
尚、自分と同じ小学校以外の人に、「小学校の時に泣いているところを他人に見られた場合にどういう扱いを受けたか」を聞いたことがないので、これがあるあるネタなのか、突飛な発言なのか分からないが、少なくとも私の周りでは、小学校の6年間で涙を見せたことがない男が真に男らしい男、つまり男の中の男という評価を受けていた。
(厳密にいうと、「学校でウンコしているところを目撃されたことがない」というファクターも重要であったが、今回はその話は置いておきたい)




例えば、学年で一番モテていた青島君は、背の順で並んだ時に一番後ろで、髪の毛も小学生のくせにセンター分けで(朝30分かけてヘアセットしているという噂もあった)、スポーツも万能だったために、とにかく女子からモテていた。何なら、クラスメイトの高木さんと放送室でヤッたという都市伝説が存在するくらいにイケていた。


しかし、我々男子は青島君を男の中の男とは認めていなかった。
それはモテていることへの僻みではなく、青島君は3年生か4年生のころに西田君とケンカして泣かされていたからである。
当時、青島君が西田君に泣かされたというニュースは学年内に瞬く間に広がった。ケンカの理由は定かではなかったが、我々にとってはケンカの理由などは別にどうでもよく、ただ青島君が泣いたという事実のみが大事なのであった。
その結果、青島君は男の中の男レースから脱落したのであり、いくら女子からチヤホヤされようと男子から認められることはなかった。


同じように、中学生になり先輩とバンドを組んでヤリチン化する三村君も、小学生時代から背が高く、その頃からモテる要素は兼ね備えていたが、小学生時代は何度も泣いていたので、我々男子の間での評価は相当に低かった。
特に 三村君の場合、泣くときに つっぷしながら壁や机をドンドン叩いて泣くのだが、この様子が泣いているくせにカッコをつけているということで、すこぶる評判が悪く、残念ながら彼も男としては一切認められていなかった。


今考えると、あまりに無茶苦茶な話だが、そのへんはバブル崩壊前の土地神話と似たようなものかと思う。とにかく無茶苦茶な思想が、その時代その空間を支配していたのだ。


逆に誰もが認めていたのは、青島君を泣かした西田君であったように思う。
彼は、幼少期から空手をやっていて全国大会にも出る程の実力だったために、泣かされるということはまずなく、それでいてサッカーもめちゃくちゃ上手いという税理士資格と弁護士資格を取得しているかのような完璧超人だったので、顔も普通、体型もややデブという男であったが、男子からは男の中の男として羨望の眼差しを集めていた。
尚、後年、ヒップホップに傾倒したのか、デブのオシャレの選択肢としてそれしかなかったのかわからないが、典型的なイキったラッパー風情になり下がった西田君を地元で見かけたときは、憧れのヒーローが最後に死んでしまう系の最終回を見せつけられた気分になった。



他人の話ばかりではなく、最後に自分の話もして終わりたいと思う。
自分は小学校1年生の時に学校で泣いたので、そういう意味では早々と真の男レースからドロップアウトした身分であったが、それ以降は6年間泣くことがなかった。

ちなみに、私を泣かした卑劣な男は桧山であった。なぜ泣かされたかは全く覚えていないので、何がどう卑劣なのかは分からないが、とにかく桧山に泣かされた事実だけは今も忘れていない。
(今回、彼だけ実名であり、これをもって長年蓄積された恨みを果たすことと相成った)

ただ、小学生当時は1年生の出来事など誰も覚えていないので、高学年になり「吉田が泣いたところは見たことがない」と一定の評価をしてくれる友人もいたが、泣いたことがある事実を隠すのもカッコ悪かったので、そういうふうに言ってくれる友人には、素直に1年生の時に泣いたことがあると告げていた。
ただ、今考えると、高学年のときには泣かされていないというよりも、競馬とオウム真理教にハマるような変わり者だったために、誰からも相手にされていなかったのが正解であろう。



しかし今回、ここまで書いてみて、たかだか泣いた泣かないで、ここまで記憶が鮮明に蘇ってきたことに自分自身が非常に驚いている。逆に言うと、それ程 我々の間で誰かが学校で泣くというのは一大事件であったのだろう。

 


そして、今の私は毎年夏に『速報!甲子園への道』を見ては夜に一人でおいおい泣いている。

 

 

へみる

へみ‐る
《五他》
1.男として情けない様子。「陰口を叩くとは―・った奴だ」
2.気後れする。「―って足が動かない」

 

いきなり知らない日本語が出てきて 自身の勉強不足を痛感したあなた、安心して欲しい。「へみる」などという日本語は存在しない。

「テカる」「パクる」「ラリる」のような、現代の若者ことばである「体言+ル」の形で無理やり動詞化した言葉とも違う。本当に存在しない言葉である。


では、今、私が勝手に作った言葉かというと、それも違う。
正確には「へみる」は、私の通っていた小学校で、私と同じ学年だった友人たちの間で使用されていた言葉であり、20数年前の東京のごく狭いコミニティの中で実在した言葉である。

ちなみに、当時「へみる」は我々の中で最上級の侮蔑の意味が込められていた。




元々「ヘミ」は、クラスにいたフミオ君という男子を示す言葉であった。


彼は、低学年の頃には、いつも鼻水を垂らしており、ワンパクで大人たちが手を焼く子供であった。
低学年の頃は、フミオ君も他の男子も精神的な成長度合いは大差がなかったが、フミオ君は3年生4年生になっても相変わらず ハナたれワンパク小僧のままで、少しずつ成長を重ねる他の男子と差ができつつあり、3年生4年生のときには女子から煙たがられる存在になっていた。



そうした状況の中で、男子の中でもフミオ君を何となく冷笑する空気が成熟され、我々は彼のことを侮蔑する際は、彼の名前「フミオ」から転じた「ヘミオ」を使用したのである。



尚、今「転じた」と書いたことで、私自身が「ヘミオ」という言葉が誕生した説明責任を全て果たした風でいることに対し、読者が納得をしていないのは理解している。

しかし、私自身も「フミオ」がなぜ「ヘミオ」になるのか今考えてもさっぱり分からないし、そこに何らかのロジカル性を見出そうとこの記事を書く前に「ヘミ」の語源を探ってみたが、何の手がかりも見付からなかったので、もう「転じて」としか他に言いようがないのである。



とにかく、フミオ君は「ヘミオ」と呼ばれバカにされていた。
そして、ここまでの話の流れだと、小学生時代のフミオ君の悲しい思い出話みたいであるが、彼は底抜けに明るく、人のことを悪く言わないイイ奴だったので、女子はともかく男子の間では彼をバカにする風潮はすぐに薄れた。何なら彼をヘミオと呼んでいた連中は、今でもフミオ君と仲が良い。

かくして、我々はフミオ君をバカにすることはなくなったが、その中で「ヘミ」という言葉だけが成仏できない地縛霊のようにさまよった結果、男子の間で「ヘミる」という謎の侮蔑の言葉が誕生したのである。



(ちなみに、現在のフミオ君は美人な奥さんをゲットするという超特大の満塁ホームランをかっとばしたことで、人生の逆転に成功しているし、職場でもそれなりのポジションについている。人柄って大事)



フミオ君から「ヘミ」が独立を果たしたした結果、「また宿題忘れるって、お前はホントにヘミってるな」とか「あいつはヘミってるから虫が触れない」などといった具合に、とにかく「男子たる者かくあるべし」から外れた行動を取った場合に、他の男子から「ヘミる」という侮蔑の言葉が投げかけられるようになったのである。

このあたりは、薩摩弁の「やっせんぼ」が非常に近いニュアンスであると言えば分かりやすいかと思う。(鹿児島県民限定で)


とにもかくにも、小学生時代の我々は、ヘミらないことが大人の男になるということであると考えていた。








さてさて、今回なぜ急にこんな昔話を持ち出したかというと、先日、私自身がヘミってしまい後悔の念にかられたからである。
自分自身のことを非常に情けないと感じたときに、ふと小学生時代の「ヘミる」という言葉を思い出したのである。




ことの発端は、このブログではお馴染みの元No,1風俗嬢のブロガー、ミドリ氏のツイッターにおける下記の発信内容である。


 

 


いかがであろうか。
突如として開講された手マン講座をお礼だと言い張るこのお方。
清々しいくらいに頭の悪いツイートである。
(ちなみに、私はこの文章を「褒め言葉」だと言い張ろうと思う)


ネットという電子の海に不法投棄をしてきた文章・画像のゴミさ加減で言ったら私自身も負けていないと思っていたが、これを見せられたら完敗であることを認めざるを得なかった。
しかし、負けを素直に認めたくない私は、彼女のDMにこのような文章を送りつけた。

ちなみに私、手マンはキツネの形派です。親指と中指と薬指の指3本をくっつけて、人差し指と小指はピンと立てて、ヴァギナにコンコンって。
「ついでに僕のお稲荷さんを食べて欲しいコン」って。

 
この前段にキャバクラを奢って欲しい旨を延々と書いた長文があり、これはその結びの文章であるが、いかんせん酷すぎる。ヒドが過ぎる。
武士の決闘で、ほぼ絶命に近いところまで追い詰められた武士が、最後に一太刀を浴びせようと振るったヘナヘナとした一刀かのごとく、実に弱々しい発言であったことは否めない。

(尚、この場合の「弱々しさ」は頭の弱々しさではなく、発言内容の弱々しさである。今見ても大して面白くないという点で致命的である)





そして、DMを送った直後、私の目の前に、小学生姿のフミオ君が現れたのである。




彼は「お前ヘミってるな」と さげすんだ一言を呟くと、私に軽蔑の視線を投げかけた後にふっと消えてしまった。




確かにフミオ君の言う通りだ。




ミドリさんの圧倒的に頭の悪い発言に対し、私も頭の悪い発言で返そうとはしているが、片や全世界に向けて頭の悪さを曝け出しているのに対し、片やDMでこっそりと送っているのである。

私は頭の悪い発言をする上での気概や矜恃の部分から既に負けていたのだ。であるにも関わらず、私はそれに気付かずにDMに送るという醜悪極まりない悪あがきをしてしまい、更には今になって挽回しようと、このブログでDMの内容を公開するあたり実に情けないものである。


これを「ヘミってる」と言わずして何と言おう。


卑怯者? 卑劣漢? オカマ野郎? たわけもの? 虫けら? ゴミ人間? 短小包茎経理部長? 性犯罪者予備軍?



どれも私を表す上ではそれらしい言葉であるが、やはり「ヘミってる」こそが最適な表現であろう。




私はヘミってしまったのだ。






小学生時代の自分に言いたい。







小学生時代、あんなにヘミらないように気を付けていたはずなのに、いつの間にかその気持ちを忘れて私はヘミった大人になってしまった・・・。







ヘミってしまい、本当に申し訳ない・・・。







残念だが、私はヘミらない男にはなれなかった・・・。






けれど、そんなヘミった私をどうか許して欲しい・・・。













ってか、そもそも

ヘミるってなんだよ!

野球の知識をひけらかすおっさんの話

皆さんは、自分の含蓄ある発言によって周囲の人間から羨望の眼差しを向けられたい願望はお持ちではないでしょうか。


私は、物凄いあります。


何なら、ありすぎて困っています。


先日も、「法律で定められた保存期限が過ぎた公的な書類がたまりすぎて困っている」と申し出てきた部下に対して、
「あー その問題は、正に “キコリの森林伐採のジレンマ”だね」
と聞こえるか聞こえないか程度の声で呟いてから部下にどう処理すべきか指示を出したのですが、わざわざ部下の抱えている問題が、大昔に有名な数学者によって提唱された理論モデルと合致するケースであることを暗に伝え、無駄に自身の博識さをアピールするわけであります。


しかも、“キコリの森林伐採のジレンマ”などという有りもしない理論を勝手に作り出してまで、それをやるのです。正に、承認欲求の鬼であります。







そんな 羨望の眼差しを向けられたい願望が強すぎる私が、自身の欲求を解放できる場所、それがプロ野球観戦なのであります。

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私は大の野球ファンでありますが、最近、なんとなく気付いたのは私は野球が好きなのではなく、どうも野球知識をひけらかすのが好きなんじゃないかってことなんですね。


では、なぜプロ野球観戦が知識をひけらかすのに最適かというと、一般に知識をひけらかそうとした場合、ひけらかす相手にもそれなりの知的水準(知的探究心)が求められるわけでありますが、こと野球の場合、日本人は野球好きが多い国民ということもあり、野球議論がわりと容易にできるわけです。つまり、知識をひけらかすことができる機会に恵まれているのです。


また 野球は、知識の蓄積が非常に容易という面もあります。

例えば、野球ファン同士で、とある野球選手の話題で盛り上がっていたとしましょう。その野球サミットの中で、会話をしている他のメンバーに自分が最も発言力がある=野球知識が豊富であると思わせるには、たったひとつの知識的条件をクリアしていればいいのであります。







それは「アマチュア時代を知っている」という1点のみです。

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「アマチュア時代を生で見たことある」だと更にベストでありますが、とにかくアマチュア時代を知っていれば勝ちなのであります。野球の技術面に関する余計な知識は必要としません。とにかく見たことがあって、それを覚えていればいいのです。

インディーズ時代からライブに行っていたファンが最強なのと同じ理論であります。




野球サミットで他のメンバーが、昨シーズンの打率がどうだった とか、最近内角の裁き方が上手くなってきた みたいな会話をして、当該選手のプロ入り後の状況をしっかりチェックしていることをいくらアピールしてきたとしても、

「へー、高校時代は打力は非力で、目立つのは脚の方だったけど、プロでは打つ方も伸びてるんだ」

みたいな一言を放てば終了です。そのカードがフィールドに召喚された途端に、他のメンバーの手持ちカードは全て墓地に送られてターンエンドです。何ならプロ野球を見ていなくても勝てるわけですから、ほぼチートです。




そして、続けざまに「2年生の夏の甲子園とか2番打者だったしね」などと、高校時代のエピソードを軽く追加すれば、もうその場は完全に焦土と化します。

焦土と化したその土地に、自分の旗を立ててそれを国旗とし、傀儡政権を樹立させて、独裁政治を敢行し、テクノサウンドとジャズと女性の叫び声を融合した不協和音を国歌だと言い張ったとしても、国連は一切の口出しをしてきません。



いや、口出しできないのであります。



なぜなら当該選手のマチュア時代を知っているからです。






大丈夫です。言ってる意味がわからないのは私も一緒です。



ちなみに、夜のお店だと「〇〇選手と寝たことあります」という青眼の白龍より最強なカードを持っている猛者がごく稀にいますので、注意が必要です。いくらアマチュア時代を知っていたとしても、さすがにそれには勝てません。(過去3人ほどそのカードの持ち主に会ったことがある)







私は、以前は夏になると東京、神奈川、千葉、埼玉の甲子園の予選大会を巡っていた時期があり、一番憑りつかれていたときは3日連続でヤクルトのスカウトの斉藤宜之氏を球場で見かけるということもありました。行動がほぼスカウトでした。

(ちなみに、そのときに生で見たのが日ハムの上沢投手で、私は上沢投手のトークになったら、熱狂的な日ハムファンでも鎌ヶ谷の大仏と同じくらい存在感を小さくすることができるわけです)

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※日ハムの2軍球場の近くにある小さい大仏


また、高校野球以外にも慶應大学明治大学・法政大学あたりのグラウンドもよく通っていました。

 



そんな私が、数年前にヤクルトファンの友人に誘われて神宮球場に行った際に、試合に出ていた若手選手はほぼアマチュア時代を知っているというような状況でありました。

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勿論、そのときの私は、羨望の眼差しを向けられたい欲求が全開に解放され、試合中、これでもかというくらいに各選手のアマチュア時代のエピソードを披露しまくりました。

 

飯原が大学選手権で巨人の福田から打ったホームランの話


中澤は大学時代は怪我してからパッとしなくなったという話


武内は大学時代から守備が抜群に上手かったという話


小川は大学時代を見る限りリリーフ向きだと思った話



等々、とにかく話の内容は浅いが、昔から知っているという1点突破で ヤクルトファンの友人相手に雄弁に語るわけです。なんなら、友人だけでなく、周りのヤクルトファンにも聞こえるくらいの声量で熱弁を振るうわけです。

知識のひけらかしがあまりに気持ち良くて、恐らく軽くカウパー腺液が漏れていたと思います。

 




 

うん、まぁ、結果的に2度と誘ってもらえなかったんですけどね。

 









さてさて、今年もこの週末から、大学野球日本一と高校野球日本一を決める全国大会、神宮大会が開催されます。

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あのマー君ハンカチ王子が最初に投げ合ったのが神宮大会です。

2年生のダルビッシュ見たさに平日の神宮に女子高生が大挙して押し寄せたのも神宮大会です。

九産大の野球部が出ると、応援席でスコアブックをつける松村邦弘が見られるのも神宮大会です。




神宮大会で目撃したものは、5年後10年後のプロ野球観戦時に知識をひけらかす上での大きな武器となります。この時期の野球観戦は寒いですが、アマチュア時代を知っているという最強カードを手に入れたい方はぜひ、足を運んでみてはいかがでしょうか。