おっとっと冬だぜ

広義の意味では日記だが、狭義的にはゴミ置き場

エミリーが可愛い

今日はエミリーが可愛いというだけの話である。
それ以上でも、それ以下でもない。
起承転結もないし、オチもない。



私がブログの記事を書くときによく使うテクニックとして、前半部分をワザと硬い文書にするというものがある。

これは、私の文書は往々にして後半で下ネタが入ることになるため、敢えて入口では真面目な論説を繰り広げる風にしておき、やや緊張感を持たせることで、落語家・桂枝雀が言うところの笑いの発生に重要な「緊張と緩和」が生まれるようにしているのである。


一般的に読まれるブログの書き方として、「タイトルと最初の一行目でいかに読者の興味を沸かせるか」が重要であると言われる。これは、ブログの基本中の基本とも言える。

しかし、私の場合、意図的にタイトルも最初の数百文字も面白みを排除して、後半の展開へのフリとして捨てることがあるのだ。



ブログ初心者の方には、そういう書き方もあることを覚えておいてもらいたい。

ただし、タイトルすらも捨て去ってしまうこの手法はgoogle大先生が認めていらっしゃらない邪道なテクニックのため、検索流入も同時に捨てることになるので注意願いたい。





がしかし、今回に限ってはそんな小細工は使わない。

タイトルでも最初の一行目でも書いた通り、今回は終始エミリーが可愛いという話しかしない。

首尾一貫、徹頭徹尾、生涯包茎、最初から最後までエミリーが可愛いという話だけである。






とにかく、最近気付いたのである。エミリーがどちゃくそ可愛いと。

好きな女性のタイプはころころ変わるのだが、間違いなく今 一番可愛いと思うのはエミリーであろう。

 


もし今、神奈川の平塚にあるバカみたいに安いキャバクラに行って、明らかに高校を卒業していないであろうキャバクラ嬢から「お兄さんはどんな人がタイプなのぉ?」と聞かれたら、食い気味でエミリーが至高である旨を告げて、あとは時間いっぱいその話をするであろう。

 




とにかくエミリーなのである。




まずなんといっても ルックスが抜群 なのである。

 




試しに、橋本環奈 と エミリー の画像を交互に載せてみようと思う。






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うむ。


遜色がない。

 

 






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尚、橋本環奈ちゃんを機関車にしてもそんなに可愛くはなかった。







では、なぜ急にエミリーなのかというと、彼女のことは昔はそれほど意識する存在ではなかったのだが、最近テレビで見たときに驚くほど綺麗になっており、そこから急に気になる存在になったのである。

昔の野暮ったいイメージに比べて、見違えるように綺麗になったと感じているのはきっと私だけではないはずだ。

デビュー当時と比べて格段に綺麗になったと言えば、よく石原さとみが挙げられるが、エミリーも石原さとみと双璧をなすくらい綺麗になったように思う。






デビュー当時のエミリー
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デビュー当時の石原さとみ

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よく年齢を重ねて綺麗になると、やれ整形だ、バージョンアップだと揶揄する人間が現れるが、個人的にはエミリーは整形ではないと思っている。

メイクというか、メイキング手法を多少変えた結果なのではないかと踏んでいるが、このあたりは、そうであって欲しいというファン心理がそう思わせている可能性も否定できない。












そもそも、男の群れに混じって一人だけいる紅一点の女性キャラクターは、女性としての圧倒的な魅力が際立つパターンが多い。ルパン三世峰不二子や、ストリートファイターⅡの春麗など、例を挙げたらキリがない。唯一の例外は、サザンオールスターズの桑田の嫁くらいでないだろうか。


その点は、エミリーも同じである。


ソドー鉄道という男ばかりの職場で、圧倒的な魅力を醸し出している。


エミリーを見たときの「なぜ、こんなところにこんな素敵な女性がいるんだろう」という気持ちは、SODの女性社員を見たときの気持ちと完全に一致する。








そして、その圧倒的なルックスに隠れがちなのだが、エミリーは意外と声も素敵なのだ。

あどけない顔のわりに、大人っぽいセクシーな声をしているのが堪らないのである。

古今東西のどんなヒロインを見渡しても、あそこまで顔と声にギャップがある魅力的な機関車は私は見たことがない。


まぁ、人間のキャラクターなら多少はいると思う。

(エミリーの声は、ぜひ動画で確認していただきたい)




エミリーのあの美声からすると、歌も上手いのではないかと思う。



それにあのルックスなので、恐らくエミリーを乃木坂46に紛れ込ませても何の違和感もないはずであろう。

あれだけ大人数の女性がいる場であれば、多少メンバーではない美少女が混ざっていても、誰も気づかないのではないだろうか。









 

 

 

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あれ? おかしいな。

違和感しかない。






逆に美少女過ぎて目立ってしまったようである。








最後に、エミリーは性格も素敵なのである。



エミリー - きしゃのえほん Wiki*

このサイトにエミリーに関する様々な情報が載っており、ここに記載されている性格の一部を抜粋して紹介したい。

(ちなみに、上記のサイト、エミリー単体のページだけで1万字をゆうに超えており、性格の項目だけでも4千字弱ある。このサイト、まもなく定年を迎えるベテラン刑事の、長年追いかけている未解決事件に対する思いくらいの執念を感じるが、正直、最初に見たときは若干引いた。)



とりあえず、4千字弱ある性格の項目の上から6つだけを抜粋すると、以下の通りである。


・品行方正で、礼儀正しく真面目な機関車。然したまに、我侭でいい加減で高飛車な態度を取り、他の機関車を困惑させたり自滅する場合がある。

・自信家で直情的。親切で正義感が強く勇敢、どんな状況でも物怖じせずに、突き進む性格。

・プライドが高く負けず嫌い

・完璧主義で神経質、何事も理路整然としている事を好む。

・然し、稀にお化けや怪物が苦手で、弱虫な一面を見せる時がある


・働き者で自立心と自己主張は強い方だが、慎重で寂しがり屋の一面も持つ。






どうであろう。


この、フランス書院で凌辱される女性主人公のキャラ設定のテンプレートみたいな性格は。


まさに、男のハートを鷲づかみにする性格である。









顔良し、声良し、性格良しと、まさにパーフェクトな女性なのである。

尚、スタイル(体型)に関しては、特に言及はしなかったが、機関車だからかっこいいのは当たり前である。







きっと、これを読んでいる皆さんも、どんどんエミリーの魅力に惹きつけられていることであろう。


今、パソコン画面の前で エミリーの機体の腹部分がどうなっているか を想像して、下半身がシュポポ シュポポしているのではないだろうか。







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あとちょっとで見えそうなのにっ!!









……








以上、2500文字超を使ってエミリーの可愛さについて書いてきた。

エミリーが可愛いことが少しでも読者に伝わるようにと一生懸命に書いたつもりではあるが、どうもエミリーの可愛さよりも、吉田粘土の気持ち悪さの方が前面に押し出されてしまった感が否めない


そろそろブログ歴1年になるので、いい加減、好感度を下げない文章が書けるようになりたいものである。

「下ネタを使わない」以外で、好感度を下げない文章の書き方・テクニック等をご存知の方がいたら是非教えてもらいたい。

まさる

先日、とあるサイトを見ていてパニックに陥り、危うく過呼吸を起こしそうになるといった出来事があった。
明らかに直接脳ミソを攻撃しようという意図を持ったそのサイトは、もしも兵庫県警が見たら卒倒すること間違いないであろう。


当然、これからそのサイトを紹介するのであるが、今回、喘息持ちの読者は吸入ステロイド剤を片手に読み進めてもらいたい。あと、アダルトサイトではないので、ズボンは履いたままで結構である。

 

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皆さんは『デュエル・マスターズ!』というアニメをご存知だろうか?
いわゆる、遊戯王から脈々と続いているトレーディングカードゲーム系アニメの系譜で、最近、5歳の息子がこのアニメに夢中なのである。


尚、息子は作中のカードゲームのルールは全く理解していない。

当初、私もそれで何が面白いのかと思ったが、よく考えると、私も碁のルールなど全く知らないのに『ヒカルの碁』が好きであるし、クラスの女子とまともに会話ができなかったのに『BOYS BE…』を熱心に読んでいたので、子供心にはそのあたりはあまり関係がないのであろう。



そして、この『デュエル・マスターズ!』のアニメの公式サイトが問題のサイトなのである。



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息子が好きなデュエルマスターズについて、一緒に会話できるくらいの知識を得たい。


そして、子供と同じ目線で話せる良いパパを演じたい。


あわよくば、息子の知らない知識をひけらかし、博識な父親という印象を植えつけたい。 



そのように考えた私は、公式サイトで情報収集を開始したのだが、そこで悪意ある攻撃を受けたのだ。

 


それは、手始めに登場キャラクターの相関関係の把握を試みようと、キャラクター紹介ページを開いたときの出来事であった。

 

 



キャラクター紹介ページをクリックすると、当然、まず主人公が載っている。

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彼は、当然私も知っている。ジョー君だ。
背は小さいがガッツがあり、どんな劣勢なときでも勝負を諦めないタフガイだ。
あと、ラーメンが好きというのも知っている。

 



そして、ジョー君の紹介文にある「デッキー」が次の彼である。

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サイズ感が分からないと消しゴムのお化けかと思うかもしれないが、彼はカードケースをモチーフにしたバケモノである。





ここまでは、特に何の問題はない。
だが、我々はこのあとから混沌の世界に誘(いざな)われることになる。






次のキャラクターがキラである。
彼も見たことはあったが、キラという名前であることは初めて知った。

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しかし、そんなことよりも気になるのは彼の紹介文である。






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マサル

 





突如として謎のキャラクターが登場したのである。

ちなみに、紹介文の後半に「自身の正義を貫くあまりジョーと衝突することも」とジョー君との関係性らしきものは別に記載がある。

 



Who is Masaru?



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武田勝か?




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埼玉のダルビッシュこと、中村勝の方か?




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何なら、臥牙丸勝か!?






いやいや、そんなわけないのはわかっている。


 

この勝なる人物について、私は心当たりがあった。



ジョー君とキラともう一人、いつも一緒にいる男子のキャラクターがいることを私は知っていた。

先程名前を知ったキラ同様に、顔は分かるが名前は知らないキャラクターがいる。

恐らく、そいつが勝であろうことは想像に難くない。



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そして、案の定 次に載っていたのは彼であった。

 



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ボルツ?



マサルでは…なく?

 





お前が勝ちゃうんかい。

 


このあたりから、脇に汗がじとりと吹き出してくるのを感じた。

脳ミソの奥底で、得体の知れない何かを感じ取っていた。

 


更に下にスクロールすると、次のキャラクターはヒロインであった。
彼女はジョー君が「ももちゃん」と呼んでいるので、名前も知っていた。

 

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だから、勝は誰やねん!





こうなると、他のキャラクターの詳細を読むのは後回しで、最優先で行うべきは勝探しである。ひたすらに、下にスクロールして、片っ端から名前だけチェックしていく。

 


ウサギ団

シャチョー

古今プリ人

ハンター

トテント

トンボ

カブト鬼

デンデン

ハニーQ

ミノマル

ゼーロ


キャラクターの紹介ページに載っているのは以上である!

 






勝などというキャラクターはいない。

 





この時点で軽いパニックである。



もしかしたら、朝井リョウ氏の小説『桐島部活やめるってよ』のように、名前だけ取り沙汰されて、本人は登場しないパターンなのか?

けれど、そんなトリッキーな手法を子供向けのアニメで使うか?

いやいや、絶対に重要なキャラで勝なる人物がいるはずだ。

 


などと思考の迷路をさまよいながらも、私は一つの仮説に辿り着いた。




デュエル・マスターズは、昔、全く違うシリーズのアニメがあったはず…。

 




昔の主人公が勝なのでは!?

 



これだ!!

 

これしかない!!

 

急いで、ヤフーで検索し、昔のデュエルマスターズの情報収集を開始した。そして、下記のサイトに辿り着く。

 

matome.naver.jp



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切札勝舞?


勝ではなく、勝舞?





おしいっ!!

 






おしいってなんだよ。



私の仮説はあっけなく崩れ去った。

勝の謎は残ったままである。

最早、迷宮入りである。



恐らく今後、息子が楽しくデュエルマスターズを見ている横では、私は血眼になって勝を探しているであろう。
精気を失った青白い顔で、目は充血させながら「マサル…、マサル…、マサルはどこだ…」と呟きながらテレビを直視しているであろう。



そして、9時に息子がチャンネルを変えて、おしり探偵を見始めたときに、

「お前が勝かー!!」


などと奇声を上げるであろう。



更には、公園でカードゲームをしている子供を見かけては、「お前たちの中に勝を知っている奴はいるか?」と聞いて周り、近所の小学校で「マサルジジイ」として畏怖の対象となるであろう。

そして、「5時のチャイムが鳴っても公園に残っていると、マサルジジイに連れて行かれる」と言った都市伝説が生まれるであろう。






私は良いパパになりたかっただけなのに、なぜこうなったのか…。

 

 





そんなことを思いながら、ストーリー(あらすじ)のページに移ったそのときである。

 

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主人公、切札勝(ジョー)?

 

「勝」と書いて「ジョー」?

 




 え?

どういうこと?

キャラクター紹介ページの表記は何?

自分の読めない名前を気にしていて、なるべく普段使う表記はカタカナの「ジョー」にしておいて、将来的に「切札ジョー」に改名する気なのかな?

 

読めない名前をつけると子供が可哀想だよ ってそういうことなのかな?

 

 

 


かましーわ!!







 

 

このサイト作製者のホスピタリティ精神は完全にバグってると言わざるを得ない。

 


主人公の紹介で「切札ジョー」と漢字表記を避けておきながら、途中のキャラクター紹介文で突然漢字で「勝」と書いてくるという雑な仕事振り。

このサイト製作者は、その突然あらわれた「勝」を「ジョー」と読める人間がこの世の中に何人いると思ってるのか。


はっきり言って、芝草宇宙の名前を初見で「ひろし」と読めた人間くらい皆無なはずだ。
(今回はやたらに日ハムの投手が登場する回となっている)


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とにかく、おかげで酷い目にあった。

 

 






おい!




サイト製作者ッ!!








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お前に足りないものは想像力だ!!!




Let's think.

パンツーマルミエは今も現役で子供たちを魅了している

今回の話がどこまで知名度のある話なのかわからないため、もしかしたら大部分の読者を置いてけぼりにしてしまう可能性もあるのだが…。
ただ、よくよく考えたらこのブログはほぼ毎回読者を置いてけぼりにしているので、今更その断りを入れる必要があるかはわからないが、一応、事前にその点を忠告しておく。


※尚、毎回読み手の気持ちなど一切考慮せずに酷い文章を垂れ流しているため、このブログに関しては、はてなユーザーが忌み嫌う「読まずにスターをつける行為」を、書き手自身が積極的に推奨している日本で唯一のブログとなっている。


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さてさて、皆さんは、「パン・ツー・マル・ミエ」なる呪文をご存じだろうか。

呪文なのか、祝詞(のりと)なのか、うめき声なのか、断末魔なのか、讃美歌なのか、そのへんはいまいち定かではないが、とにかく子供時代に「パン・ツー・マル・ミエ」なる謎の言葉を発したことがある人間は一定数いるのではないだろうか。



そして、この謎の言葉を発するときは、謎のジェスチャーもセットとなっていたはずである。
最初の「パン」で手を叩き、「ツー」でVサインをし、「マル」でOKサインを出し、「ミエ」で敬礼のポーズに似たような手の位置で遠くを見るようなジェスチャーをしたと思う。多少細かい部分は違っているかもしれないが、ジェスチャーがあったことは共通してるのではないだろうか。





その起源については、「アラレちゃん」であるとか「8時だよ全員集合」であるとか「新古今和歌集」であるとか諸説あるようである。(最後のは今勝手に作った)



しかし、一体なぜ、下着が拝覧できる状態である旨を、身振り手振りを交えて伝えなくてはいけないのか。

一体なぜ、そのような使用頻度が極めて低そうな伝言内容を、わざわざ小学生男児の中で共通認識化させる必要があったのか。


それなら、手話で「なにか手伝いましょうか」を覚えた方が余程 有意義であったはずである。

 

はっきり言って、考案者の意図が全く読めない。


深く考えだすと謎ばかりなのであるが、とにかく私の子供時代には誰もがこの言葉とジェスチャーを知っていたし、なぜか今でも強烈に頭の中に刷り込まれている。

 

 

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では、何故いきなりそんな話をし始めたかと言うと、なんとこの呪文がいまだに生きていることを知ったからである。

 


今朝、朝食後に5歳になる私の息子がこの言葉を発していたのだ。



我々の小学生時代に驚異の浸透性を見せ、大人になった今でもオウム真理教のマインドコントロールのように我々の頭に刷り込まれている謎の呪文が、30年経ってもその浸透性は衰えず、今の子供たちの脳ミソに侵食していたのだ。




この衝撃は、ダイハード打線の一員として2003年に井口、城島、松中とともに100打点カルテットを構成したペドロ・バルデスが、2013年のWBC(ワールドベースボールクラシック)でプエルトリコ代表に選ばれていたのを知った時と全く遜色のない「お前、現役だったのかよ!」感と言えば伝わりやすいかと思う。




ちなみに、バルデスは「ちゃんと守備をしない」「ポップフライだと全然走らない」というヤル気の無さで、しばし王監督を苛立たせるものの、打撃はめちゃくちゃ凄い(3年連続3割)という極端な奴で、見た目も、常に仏頂面でほぼ笑ったところを見たことがない & アメリカで天文学的な懲役年数を言い渡された犯罪者みたいな風貌 というのも相まって、個人的にはとても好きな助っ人外国人だった。


 

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バルデスは、ヒーローインタビューを拒否したこともあった。



バルデスの思い出話はそれくらいにして本題に戻すが、前述したように、今朝、息子が「パン・ツー・マル・ミエ」という懐かしい言葉を発していたのである。




しかも、更に衝撃的なことに、そのあとに「ゴリラノ・オシ・リー」という謎の下の句を付け加えていたのである。












ゴリラノ・オシ・リー?

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ゴリラノ・オシ・リー?

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ゴリラノ・オシ・リー?

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上の句を聞いた瞬間は、バルデスの思い出が走馬灯のように脳内を巡ったが、その下の句を聞いた瞬間、私の頭の中は?マークでいっぱいになった。



ここまで頭の中が?マークで埋め尽くされたのは、中学生時代、水泳の時間に、

①男子で水泳を見学する人の割合

②女子で水泳を見学する人の割合

この①と②が統計学上はほぼ同じ割合になりそうなのに、実際に集計してみると明らかに②の割合が多く、謎の偏りが生じるという現象に気付いたとき以来の ?マークで頭いっぱいの状態である。




「ゴリラノ・オシ・リー」は、当然「ゴリラのお尻」なのであると思う。


しかし、元々「パンツが見える」という文化社会学な文脈の話をしていたのに、なぜ急に「ゴリラのケツ」という生物学的な話へと飛躍したのかは全く意味が分からない。
打ち切りが決まったジャンプ漫画でも、そこまでアクロバティックな展開は見せないように思う。



もしかしたら、ゴリラは5リラで、上の句と同じく文化社会的な文脈の話なのかもしれないが、5リラだと今度は「オシ・リー」の説明がつかないので、やはり素直に「ゴリラ」だと考えるべきであろう。

 

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そして、文節に関してもおかしなことになっており、拍子の関係で文節が「オシ」と「リー」に分かれてしまっているため、それに相当するジェスチャーがなくなっているのである。

考案者の意味不明さ加減にインスパイアされたのか、誰かが更に意味不明な状態に仕立て上げたのである。

 


とにかく、「パン・ツー・マル・ミエ」は現代でも生きており、更に不思議な進化を遂げていたのである。





いや、これはもはや進化ではなく退化であろう。
謎の言葉に、更に全く文脈の異なる謎の下の句をつけて、ジェスチャーもどっかに行ってしまうのは、進化ではなく明らかに退化と言った方がいい。


 

 

そして、私の頭の中に更にひとつの疑問が浮かんだ。

 




 

もしかして・・・、

 





 

野村 望東尼(もとに)は、

 

生きているのか?

 

 




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(野村望東尼 1806/10/17 ~ 1867/12/1)



野村望東尼(本名、浦野もと子)は、幕末に活躍した福岡藩出身の女流歌人である。
彼女は勤王家としても知られており、福岡で勤皇の士をかくまったり、密会の場所を提供したりしていた。



そして、野村望東尼と言えば、高杉晋作の辞世の句に、余計な下の句をつけたで有名な人物なのである。

 


高杉晋作「おもしろき 事もなき世を おもしろく」は非常に有名な辞世の句であるが、晋作の最期を看取った野村望東尼は、病床に伏せる高杉晋作が上の句を詠んだあとに下の句が詠めなかったために、「住みなすものは 心なりけり」と付け加えたのである。(…とされている)



そして、この下の句は、司馬遼太郎が酷評していたりするし、実際に下の句の方は世間には全く浸透していない。




つまり、昔から 余計な下の句を入れる人=野村望東尼 と相場は決まっており、「ゴリラノー・オシ・リー」などいう続きを考えたのも彼女以外には考えられないのである。

 


つまり、彼女は生きているのである!!



息子の保育園に生息して、相変わらず酷い下の句創作に励んでいるのである!!

 

 



 

 

 

……

 

 

 

 

 

うん、大丈夫です。生きてないって分かってます。


 

 

ブログ書くために無理やり話を展開させただけです。


 

 

「野村望東尼は、生きているのか?」
じゃねーよ。


 

 

だいたい唐突に名前出すには、野村望東尼はあまりにマイナー過ぎだろ。




文脈もう少し工夫しろよ。


 

 

今、読み返してみても、後半の話、完全にいらないですね。

 



 


ん?

 




あれ?



 


後半、いらない?




後半に余計な文章加える?


 

 






うわっ…私の文章、

モトニすぎ…?

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